生きがいの見つけ方!人生に疲れた、と感じたら?

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「自立で満点」セルフコーチングトレーナーの中澤賢慈(なかざわけんじ)です。

”40 50 男と女 なにかやりたい 輝きたい自立サポート”をしています。

今の仕事・働き方に不満・不安を持ち、

どうしたら良いか分からないあなたが、

90日で本当にやりたいことを発見し、

それができるようになる方法をお伝えするサポートをしています。
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ワークショップ風景!

 

このブログは、生きがいの見つけ方を知り、前向きでしあわせな人生を送りたいと願う方に向けて書いています。

「生きがいについて教えて下さい。」(出展:ヤフー知恵袋)

生きがいについて教えて下さい。
どうしてもしんどくなった時、
自分は何のために生きてるんだろうと思ってしまった時、どうしたら前を向けますか。

自分がいなくなったところで、何も変わらないし、いつか世の中には終わりがあるし。

頑張りたくない。

疲れた。

なんで生きているんだろう?

そう思うと、なんだかわからなくなりました。

この投稿者さんのように感じて、生きることがめんどうくさくなったことはありませんか?

日頃のイライラやうっぷんがたまって、ストレスいっぱい。

複雑な人間関係。

まるで世界中の不幸を一手に引き受けているような感覚。


それは、頭で考えている自分(顕在意識)とこころの奥底(潜在意識)との間にギャップが生まれ、ネガティブな感情に囚われているからです。


そして、ネガティブな感情に囚われると、「なんのために生きているんだろう?」というような生きる意味を問い始めます。
その生きる意味、生きる目的が「生きがい」ということ。

では、そんな囚われに陥ったときに、前向きになれる方法の見つけ方を考えていきましょう。

まずは、「生きがいとはなにか?」を理解することから始め、「生きる意味をなんで持てないのか」という理由を考察します。

そして、「生きる意味を持ったらどんな状態に変わるか」を知り、そのための「生きがいの見つけ方」を考えていきましょう。

1.生きがいとはなにか

やりがいのある仕事
あなたは、いままでどんなときに生きがいを感じましたか?

時間も忘れて遊びに熱中した幼い頃の思い出。

スポーツに夢中になっていたとき。

あるいは、恋人とのデート。

人から感謝された体験。もしかすると、仕事をダイナミックに取り組んで成功したとき。


例えば、私の経験。

「起業ネタ発見講座」などのワークショップを募集したところ、申し込みが続々届いたこと。

そして、ワークのPDFをメールで送る喜び、相手の方から感想をいただいたうれしさ。

そんなときの感覚は、ワクワクすること、時間を忘れるほど熱中していたこと、相手からの感謝の言葉がうれしかったことです。
ワークショップの風景
あるいは、多くの人の前で「継続力を高める質問力」というテーマでワークショップを開いたとき、参加者との体験の共有、そしてリアクション。

終わったあとでの感謝の言葉に喜びを感じました。

ですから、生きがいの見つけ方の要件は、時間を忘れる、集中して我を忘れる、ワクワクするような快感などでしょう。

これを心理学では「フロー状態」といいます。

「フローとは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。
(心理学者のミハイ・チクセントミハイによる提唱)」(出展:ウィキペディア)



ですから、生きがいの見つけ方を考えるときのポイントは、「フロー状態」になれるかどうかということですよね。
生きがいさがし自立!

2.なんで生きがいを持てないの?

モヤモヤしている女性
では、どうして生きる意味を感じられなくなってしまうのでしょうか?

それは、「今、この瞬間」に集中できないから。

時の経つのを忘れて、我を忘れるほど集中して、ワクワクするような「フロー状態」に入れないから。


それなら、なんで「フロー状態」には入れないのか?という疑問が浮かんできます。

どうも、そこに生きがいの見つけ方のヒントが隠れているようです。


その見つけ方のヒントのひとつが、脳の特性。

脳は、1日に6万語ものことを考え、しかもそれらは過去や未来のことばかりだ、と言われています。

しかも、それらの8割が自分を責めることばかり、ネガティブなことばかりだという調査もあります。

例えば、「あのとき、あの人があんなことを言ったから、私は傷ついた。怒りが抑えきれない」
「もし、明日の試験に落ちたらどうしよう」・・・。

そんなネガティブなことばかりを考えて、私たちの脳は過去や未来に行ったり来たりしている。
ですから、「今、この瞬間」に集中できないのは、当然のことなのでしょう。



では、、どうして脳は過去や未来のことばかりを思考してしまうのでしょうか?

人生に絶望している女
心理学では、自分の中に「ふたりの自分がいる」という考え方をします。

それは、「頭で考えている自分=社会的に作られた自分(自我)」と「こころの奥底の自分=本来の自分(自己)」のふたりです。

「社会的に作られた自分(自我)」とは、名前、性別、出自、学歴、社会的な地位・・・などの特徴を自分そのものだと思っている自分。

この自分は、社会からの要請(常識)に合わせた自分です。



それに対して「本来の自分(自己)」とは、ただそのまま自分であると気づく自分です。

例えば、多勢集まった人のなかで自分を探すと考えてみましょう。


他人を探すときには、その人の顔や名前で判断しますよね。

でも、自分を探すために、自分の顔や名前を呼ばれる以前に、「わたしはここにいる」とすぐわかります。

自分の見つけ方を知らない人はいません。


そして、「本来の自分(自己)」がいるのにも関わらず、「社会的に作られた自分(自我)」を自分そのものと勘違いするところから、人の苦しみが生まれます。

例えば、「いい大学に出れば」「いい会社に就職すれば」というのは、現代の競争社会の特徴です。

では、競争に勝てば幸せになれるかと考えると、トップを走り続ける人はほんのひとにぎり。


しかも、そのトップでさえ、時が経てば追い抜かれるという不安や怖れが尽きることはありません。

人間関係のなかで、他者と比較してばかりいる。

ですから、「社会的に作られた自分」は、社会的常識に囚われた存在であるということです。

そして、その囚われがネガティブな感情を作る原因となります。



でも、そんな感情が生まれてくる背景にあるもの。

それは、「いい大学に入れば」「いい会社に入れば」という価値観を持っていたということです。



ですから、その価値観と現実とのギャップが自分を苦しめている。

生きがいの見つけ方を知りたいと思っているときには、それ以前の価値観に囚われているということなのでしょう。

ということは、生きがいの見つけ方を考える上で、そのような価値観って「ホントに正しいの?」と自分に反論してみることが大切です。
疑問を持ったとき?

実は、競争社会自体も、日本では戦後からのものです。

それまでの日本社会の90%は農民だったのですから、競争社会を実体験した世代は、現在の70歳くらい以降の人たちからです。

ですから、「これがいい」「これが悪い」という善し悪しの判断自体に囚われることが、苦しみを生んでいるということ。

逆に言えば、そのような価値観を手放すことが大事であるということです。


そのための自分に問いかける質問をしてみましょう。

「『         』という価値観は、ホントに正しいの?」と。
(『』に入るのは、例えば、結婚するのが当たり前、出世したい、大企業がいい・・・)

このような質問を繰り返していると、「社会的に作られた自分(自我)」に内面化した価値観、囚われから解放されるでしょう。

そして、このような内面化した価値観や囚われ、つまり社会的常識こそが、ネガティブな感情を生み出す。

その感情によって過去や未来のことばかりに思考が回転する。

だから、「今、この瞬間」に集中できない、「フロー状態」になれない原因があるということでしょう。
生きがいさがし自立!

3.生きがいの見つけ方

1.生きがいの見つけ方の前提

生きる意味の見つけ方を知る上で大切なことは、「自分とはなにか?」ということです。

自分には「ふたりの自分」がいると言いました。

「社会的に作られた自分(自我)」と「本来の自分(自己)」。

では、それらの違いを考察しましょう。

社会的に作られた自分(自我)本来の自分(自己)
自分のことだけ考える全体のことを考える
大きな声小さな声
複雑・混乱シンプル
怖れ
分離一体感・つがなり
攻撃許し
心配(不安)信頼
正しさ・間違い真実・しあわせ
忙しくあれこれする無為
特別対等
死の方向生の方向
批判祝福
有限永遠
破壊的建設的

⑴「社会的に作られた自分(自我)」はネガティブ

「社会的に作られた自分(自我)」は、
自分のことだけ考える、分離、攻撃、怖れ、不安、破壊的・・・な存在です。

裏返せば、社会そのものがそのような成り立ちになっているから。

私たちは競争社会に生きてますから、人と比べて少しでも優位に立ちたい、人に負けたくない、という思いを抱くのは当然のことなのかもしれません。


でも、私たちは、生まれた頃には自我がありませんでした。

ただ見えるもの、聞こえる音、肌に触れる感触をありのままに受け取る。

父母の笑顔ややさしい言葉、スキンシップを通じて、人に愛着を感じ始める。

しかし、そういう存在から、「自分」と他者とを区別しはじめると「自我」が生まれてきます。
昨日までは、子供がごはんをこぼしても嬉しがっていた両親が、あるときから「きちんと食べなさい」と子供に言い始める。

親からすれば「きちんとしつけを身に付けと欲しい」という親心。


ところが、子供からすれば、「昨日まで許されていたことが、なんで今はダメなの?」という葛藤が始まります。

怒られる理由がわからない。

理由がわからないけれど、理由を聞くだけでまた怒られてしまう。

このようにして、子供は社会性を身につけていきます。


社会とつながるために「社会性のある自分を作っていく」のにも関わらず、「自分のことだけを考え」たり、人から分離したりするということはなんというパラドックスなのでしょう。

そうして、「社会的に作られた自分(自我)」を「自分」だと勘違いしてしまう。
だから、ネガティブな思考や感情に囚われるのはやむを得ないのかもしれませんね。

しかも、自我は「大きな声」で「自分」を責め立てます。
「もっとガンバレらなければ!」「どうしてこんなに意志が弱いんだ!」

ですから、「社会的に作られた自分(自我)」は、いつも「自分」にお説教している存在です。
これでは苦しいですね。

そんなときに、生きる意味の見つけ方を知りたくなるのは自然ですよね。

⑵「本来の自分(自己)」は愛・つながりの世界観
こころからわかちあう
次に、「本来の自分(自己)」とはどんな存在かということについて。

「本来の自分(自己)」は、全体のことを考える、愛、一体感・つがなり、許し、信頼、建設的・・・。

このように、「愛・つながりの世界観」を持つ存在です。

例えば、私たちは、法律や道徳によって善し悪しを判断する以前に、善悪の判断をする力を持っています。

「人を殺してはいけない」という判断は、罰を受けるからいけないと思う以前に、それは良くないことという良心を内在しています。

仮に殺人を犯してしまう人でも、「泥棒にも三分の理」と言われるごとく、自分を正当化しています。

あるいは、生まれたての頃、赤ちゃんの笑顔は両親を喜ばせてくれるし、笑顔は笑顔を作り出します。

ですから、私たちのこころの奥底には「愛・つながり」という宝物がもともとあるということでしょう。

2.生きがいの見つけ方は、たった2つ

⑴ネガティブな感情を伴った思考にレッテルを貼る。

生きがいの見つけ方で大切な第1のポイントは、「社会的に作られた自分(自我)」に気づくことです。

「社会的に作られた自分(自我)」は、自分と他者との人間関係、自分と自分との関係を分断します。

いつも、社会の中で自分と他者とを比べてばかりいるから、少しでも優位に立とうとします。

その結果、優位であると優越感を持ち、エラそうにする。

逆に、劣位に立つと「なんて自分はダメなんだ」「もっとしっかりしろ」「ガンバレ」と、自分に対して説教をする。


だから、声も大きくなるし、攻撃的になってしまいます。
そして、自分を責めてばかりで、ネガティブな感情に支配されてしまう。

けれども、声が大きく、攻撃的な「社会的に作られた自分(自我)」と「本来の自分(自己)」との間に距離を置くことが、このループから抜け出すポイントです。

生きがいの見つけ方のひとつは、「社会的に作られた自分(自我)」がこころの中に湧き出てきたとき、それに気づくことです。

例えば、他人の前で思わず自慢したくなったら、「あっ、自慢したいこころが出てきた」と気づく。

そして、「自慢小僧」などと名前をつけてみましょう。


あるいは、「なんて自分はダメなんだ」とふと頭に浮かんだら、「ダメダメ虫」が出てきたぞ、とレッテルを貼る。

このように、ネガティブな感情を伴った思考にレッテルを貼ると、「社会的に作られた自分(自我)」が持っていた価値観や囚われから開放されるようになります。


私自身の経験では、この開放感はすごいものでした。

それまで何十年と背負ってきたこころの重荷が、ある日突然ストンと落ちて、身体が軽くなったという感動を覚えました。

さらに、「世の中って、こんなに明るかったのかぁ」と感じて、眼の前に閃光が走ったのをよく覚えています。

⑵小さな声の「本来の自分(自己)」のささやきを聴く
天使・エンジェルの絵
「社会的に作られた自分(自我)」は、大きな声で自分に対して説教をします。

それに対して、「本来の自分(自己)」は、小さな声で、自分に語りかけてきます。


もちろん、初めはなかなかその小さな声を聞き取ることが難しいかもしれません。

「自我」の大きな声がうるさくて、「自己」の声は聞き取りにくいですから。


でも、繰り返し繰り返しやっていると、だんだんとその声が鮮明になってきます。

つまり、「自分に語りかける」のをやめて、「自分の内側が語りかけてくる」のをじっと待つ姿勢が大切だということです。

そのためには、「本来の自分(自己)」に向かって質問をすることが、生きがいの見つけ方のポイントとなるでしょう。

質問1:「前向きで幸せな人生ってどんな感じかな?」

質問2:「今まで、わたしはどんなことに夢中になったことがあるだろうか?」

このように「本来の自分(自己)に問いかけてみてください。

それが、生きがいを見つけ方を知る第2のポイントとなるでしょう。
生きがいさがし自立!

4.生きがいを持つとどうなるの?偉人の名言が語る真実

今まで、生きがいの見つけ方について述べてきました。

では、生きがいの見つけ方がわかり、これが生きがいだといえるものを見つけると、生き方がどのように変わるのでしょうか?

1.ネガティブな感情に囚われることがなくなる!アインシュタインの名言

アインシュタインの顔
⑴ネガティブな感情から解放される

「どうして自分を責めるんですか?
他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだから
いいじゃないですか」
(癒しツアーより引用)

生きがいの見つけ方を探るとき、アインシュタインの言葉がこころに響きます。

この名言からわかることは、「自分を責める」という脳の特徴をアインシュタイン自身も認識しているということ。

そして、それが生きがいを見つける上で邪魔になることを示唆しています。

しかも、そのような特徴は他人も気づいているのだから、まず自分が気にすることをやめようという態度がこの名言からうかがえます。

ですから、自分を責めるという態度が、生きがいの見つけ方をわかりにくくする原因となっているということでしょう。

アインシュタインは、このような認識によって、ネガティブな感情から解放されていると言えるのかもしれませんね。

「常識とは十八歳までに身につけた
偏見のコレクションのことをいう」
(癒しツアーより引用)

常識とは「社会的に作られた自分(自我)」そのものでしょう。

アインシュタインは、それをはっきりと否定しています。

「偏見のコレクション」だ、と。

逆にいえば、アインシュタインは、常識をすべて疑ってかからない限り、真実はわからない、と言っているように思われます。

アインシュタインにとって、真実を求めて常識を疑い、それをくつがえすことが、生きがいの見つけ方そのものだったのかもしれませんね。

⑵「今、この瞬間」に集中して「フロー状態」になる

「私は、先のことなど
考えたことがありません。
すぐに来てしまうのですから。」
(癒しツアーより引用)

この言葉から、アインシュタインがいかに「今、この瞬間」に集中しているかがわかります。

普通、人は「先のことが心配だ」などと将来に対して不安や怖れを抱いて、行動する前から怖気づいてしまいます。

けれども、アインシュタインは、そのことを知っています。

「(先のことが)すぐ来てしまう」という感覚自体、「フロー状態」(集中して我を忘れている状態)そのものと言えるでしょう。

2.愛に満たされる!ヴィクトル・ユーゴーの名言

ビクトルユーゴーの顔

「人生最大の幸福は、愛されているという確信である。

自分のために愛されている、

否、もっと正確には、こんな自分なのに愛されているという確信である。
(癒しツアーより引用)」

ユーゴーの言う「愛されているという確信」。

それは、「本来の自分(自己)」そのものでしょう。


生きがいの見つけ方を理解したとき、本来の自分の姿が現れてきます。

しかも「こんな自分なのに」という表現は自分を卑下しているように感じます。

それは「社会的に作られた自分(自我)」があるにも関わらず・・・という意味合いが感じられます。

ですから、「社会的に作られて自分(自我)」も「本来の自分(自己)」も、両方含めて「自分」を受けて止めることが大切であるといえるでしょう

3.人生の意味を見出す!ヘレンケラーの名言

ヘレンケラーの似顔絵

「人生は胸おどるものです。
そして、もっともワクワクするのは、人のために生きるときです。
-ヘレン・ケラー-」
(癒しツアーより引用)」

「ヘレン・アダムス・ケラーは、アメリカ合衆国の教育家、社会福祉活動家、著作家である。

視覚と聴覚の重複障害者でありながらも世界各地を歴訪し、障害者の教育・福祉の発展に尽くした。」(出典:ウィキペディア)

そのヘレン・ケラーが「ワクワクするのは、人のために生きるとき」というのですから、説得力がありますよね。

生きがいの見つけ方のポイントでは、「本来の自分(自己)」は、「愛、一体感・つながり、許し、祝福・・・」という存在でした。

ですから、「人のために生きる」ことこそが、人生の意味と言えるのかもしれませんね。

4.生きることが楽しくなる!ヘップバーンの名言

ヘップバーンの画像!

「何より大事なのは、人生を楽しむこと。
しあわせを感じること、それだけです。
-オードリー・ヘップバーン-」
(癒しツアーより引用)」

「ローマの休日」で世界中を魅了したオードリー・ヘップバーン。

しかも、「ヘプバーンの女優業は年齢と共に減っていき、後半生のほとんどを国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げた。」(出典:ウィキペディア)という人でした。

「人生を楽しむこと。しあわせを感じること。それだけです」というシンプルな表現のなかに、彼女の人生に対する奥深さを感じるのではないでしょうか。

5.集中力が増して、仕事の効率が上がる!ダーウィンの名言

ダーウィンの似顔絵!

「一時間の浪費をなんとも思わない人は、人生の価値をまだ発見していない。
-ダーウィン-」
(癒しツアーより引用)」

「一時間の浪費」にまでこだわるダーウィン。

私のような凡人には、そこまで集中する力はありません。

しかし、生きがいの見つけ方を知って実行することができれば、ダーウィンのような習慣を身に付けることができるかもしれませんね。


ワクワクして、夢中になって、我を忘れる「フロー状態」。
いつでも「フロー状態」に入ることができるようになれば、仕事の効率が上がることは間違いありません。

6.失敗が怖くなくなる!マンデラ氏の名言

ネルソン・マンデラ像

「生きるうえで最も偉大な栄光は、
決して転ばないことにあるのではない。
転ぶたびに起き上がり続けることにある。
-ネルソン・マンデラ-」
(癒しツアーより引用)」

ネルソン・マンデラ氏は、「南アフリカ共産党中央委員、アフリカ民族会議議長、下院議員、大統領を歴任。

若くして反アパルトヘイト運動に身を投じ、1964年に国家反逆罪で終身刑の判決を受ける。

27年間に及ぶ獄中生活の後、1990年に釈放される。 」(出典:ウィキペディア)

アパルトヘイトという人種差別。

白人を至上とし、非白人を差別してきた人種隔離政策に対抗して、初の黒人大統領になったマンデラ氏だけあって、この不屈の精神には恐れ
入ってしまいますよね。

ですから、失敗が怖くなくなる、「転ぶたびに起き上がり続けること」が大切。

生きがいの見つけ方がわかって、それを意識し続ければ、前向きにしあわせな人生を送ることができるようになるでしょう。

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